繰り返させない最後の夏
今週のお題「暑すぎる」
今年の夏も暑い。昼間は静かで、夜になってからセミが騒ぎ出すのはやはり暑すぎるせいなのだろうか。
高校3年生の夏、部活動にて。引退をかけた試合。私のミスで、引退が決まった。
顧問は、えこひいきをすると評判だった。先輩は陰湿ないじめをすると噂になっていた。そんなことを知らない私は、ずっと続けていたソフトボールの部活動に入ることにした。
他の人より長くやっていたからとて、はじめの1年はレギュラーにもなれないと思っていた私は、先輩や顧問からの無茶な練習やいじめに耐え、2年目に突入した。
また正レギュラーに入れなかった私は、さらに酷くなる顧問の練習に耐えた。なぜか私だけ特別メニューを組まれ、しかしそれを活かす場所もなく、ただ耐えた。
たまに試合に出してもらえた場面は大体負けが決まったであろう試合の終盤で、試合終了後に、お前のせいで負けたと全員の前で幾度も怒鳴られた。謝罪すら求められた。
向けられる先輩や後輩部員からの冷たい目線。私のせいで負けたわけではないのに、顧問がそうやって怒るせいで、他の部員まで本当にそのように思っているのだろうか。私にはわからなかった。私と同じ学年の部員だけは、ほぼ全員顧問を睨みつけていた。
負けず嫌いだった私は、絶対に謝罪しなかった。
3年目。変わらず私は正レギュラーを取ることもできず、ただ走らされるだけの毎日だった。スポーツを1度も経験したことのないという1年生が何名かレギュラーに入った。
3年生は最後のシーズン、ほとんど動くことのできない1年生レギュラーをピリピリした目で見ていた。
そして引退もかかった試合にて。
複数の1年生が動けるはずもなく、試合は酷いものだった。いつものごとく、突如私が入ることになった。
また負け試合の後始末が始まるのか。私はきっと最後になるであろう試合で、無駄に過ごした3年間をぼんやりと思い浮かべ、まだ何もしていないというのに流れる汗を拭いながら、正ポジションではないレフトの位置に立った。
ピッチャーがタイムをかけて、キャッチャーを呼んだ。そして、ショートと私を呼んだ。それだけが、グラウンドの中にいる3年生全員だった。他の3年生は、グラウンド外からこちらをじっと見つめている。
「絶対に勝つで」
ピッチャーが私に言った。点差は3点、5回裏。1年生が複数いるこのチームで、なかなか厳しいものがある。
「試合もやけど、顧問に勝つんや。あいつのやってることがおかしいって、認めさせたる」
一気に体が熱くなった。
3年生のメンバーは、顧問がおかしいことに気が付いていた。いつも私の味方をしてくれて、私だけ道具の片付けを言われた時も手伝ってくれたし、私だけのおかしな練習メニューにも文句を言ってくれていた。
この時も、セミは鳴いていなかった気がする。暑い夏だった。
相手側は二塁に出塁していた。次の打者は2番。レフト側によく飛ばしてくる打者だ。
振りかぶるピッチャーの左手。少し鈍い金属の音。思った通り、こちらに飛んできた。しかし、サードにいた1年生がライナーボールを取れず、レフトヒットになった。
二塁走者が走っているのはわかっていたので、私はボールを三塁に返そうとしたが、誰もいない。三塁に入っていなければならないサードがいないのだ。私が今更走ったところで間に合わない。
二塁走者はもう三塁を踏み抜くところまできていた。薄い砂埃の向こう側、キャッチャーが両手を振っているのが見えた。それしかない。私はそちらに向かって投げた。
が、なぜかボールが逸れた。途中でサードが帰ってきて、ホームに向かって投げたボールを無理に取ろうとして弾いてしまっていた。弾かれたボールは外に飛んでいく。
相手に点が入る。
顧問の、レフト何やっとんねん!という声がこだました。
そのまま、高校最後の、一番暑い夏が終わった。
ボールを弾いてしまった1年生が泣いていた。すいません、すいません、と私に謝っていた。
私は、気にすることないで、とその子の肩を叩いた。本当に責められるべきなのは、彼女ではない。
顧問は、3年生に労いの言葉を言った後、私を前に立たせた。
「負けたのは、またこいつがミスをしたからや。いらんことせんかったら、勝てたかもしれん試合やった」
「そんなん、先生が全部悪いやん」
ピッチャーが言った。
「3年生も、2年生も、みんな他にできる人いっぱいいるのに、できない人を試合に入れるのがおかしいやん。3年生がもしかしたら最後やってわかってたら、なんで背番号を3年生に渡さへんと、下級生に渡すん?」
顧問が黙った。
「先生、おかしいよ」
キャッチャーが立って、帰ろ、と私に言った。3年生はぞろぞろと立ち上がって、自分の荷物をまとめ始める。私も同じように顧問の横顔をチラ見した後、荷物をまとめた。
いつもなら勝手に動くとバットで思いっきり太ももを叩かれていたが、その時は叩かれなかった。
夕暮れに差し掛かっていたというのに、まだ蒸し暑さは残っていた。帰りのバス停でバスを待っている時、3年生全員で泣いた。
私は今、ソフトボールとは違うスポーツの、ボランティアコーチとしてたまに練習へ行く。
相手が子供でも大人でも、おなじ人として接すること。不当な行いはしないこと。暴言暴力はしてはいけないことを説いている。そして、そのスポーツを好きになって、精一杯楽しむこと。
私は、あれからソフトボールが嫌いになってしまった。引退後、すぐに道具は捨てた。あまり思い出したくない記憶となっていたからだった。
けれど、これからスポーツを楽しむ子供たちには、そうなってほしくない。これは体罰などの不当な行為にさらされた私たち大人がやるべきことだと思っている。
ありがたいことに、うちのチームを卒業した子たちの評判はとても良い。それは子供たちが私たち大人が伝えたことを守り頑張った結果だ。大人の成果ではない。
子供の心は純粋だ。人への尊敬や感謝の気持ちを忘れないこと。それを子供たちへ伝える。それだけのこと。
しかし、たったこれだけのことができない人が多くいるのも事実だ。
他のチームに、暴言を吐く子供がいることがある。そのチームのコーチも大抵、誰彼構わずに暴言を吐いていることが多い。
相手に落ち度もないのに暴言を吐くということは、失敗は自分側にないと言っているのと同じだ。成長の芽を自ら摘み取ってしまっているのだ。そんなコーチに育成させられる子供たちはかわいそうだ。そして、そのまま大人になっていく。そのうちの何割かは、私の高校時代の顧問と同じようになるのかもしれない。
実力に見合わないポジションにつけて、みんなの前でこき下ろす。そんな恥のかかせ方で、子供が上手くなるはずがない。このやろう、と思って這い上がれる子は一部だけだ。萎縮させていいことなんてひとつもない。
間違ったことは叱る。けれど次には、こうならないためにはどうすべきかを考える。叱るだけの後ろ向きな考え方でなく、前向きな考え方に変換していく。
これからのスポーツ界の発展のためにも、スポーツ以外に対しても、あんな辛いことは絶対に繰り返してはならない。
今年は暑さと新型コロナウイルスのせいで、一旦活動は休止している。
しかし、活動が再開し、子供たちが本当に楽しそうにスポーツをしているところを見ると、私はまた、あの1番辛く暑かった夏を思い出すのだろう。